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未経験(26年目)1996年入社

挑戦できる最後のチャンスと考えたのが45歳の時でした。

70代 ドライバー
スーパーの肉屋の経理→現職(26年目)
70代 ドライバー/挑戦できる最後のチャンスと考えたのが45歳の時でした。

45歳が力いっぱい挑戦できる最後のタイミングと決めました。

経理の仕事をしながら2人の息子を育てる毎日。
45歳を迎えた時、「何かに挑戦するのは今が最後かもしれない…」と考えるようになりました。自分は何に挑戦したいのか?自問自答しているある日、私は夢を見ました。その夢は小学校の頃、作文に「将来タクシーの運転手さんになりたい」と書いていた時の夢でした。目が覚めても鮮明に覚えていたその夢、思い返せば父の葬儀の時に乗ったタクシーのドライバーが女性の方で「かっこいい」と思ったのがきっかけだったことを思い出しました。

そうと決めてからは早かったですね!20社ぐらい面接を受け、最も印象の良かった「アオイ自動車」でお世話になることに決めました。たくさんの面接官の方にお会いし、アオイ自動車の面接官の方は「人」として正面から向き合ってくださる温かさを感じました。

今思い返してもまさかこんなに長く働くことになるとは思ってもいなかったですね!(笑)
本当は65歳では引退しようと考えていたのですが、仕事が楽しすぎて71歳になってしまいました!

一番心に残っている「浅草中学校」の学生との思ひで

「かぁちゃんのタクシーの中が一番面白かった!大人になったら、また京都に行ってかぁちゃんのタクシーに乗りに行きます。」
ある日、こんなお手紙が会社に届きました。

話は5年ほど前、東京の浅草中学校の学生を乗せ、京都観光を巡るお仕事をさせていただいた時の話です。男の子2名と女の子2名の4名の中学生を一日、京都観光にお連れしました。観光にお連れするといってもただただ運転だけするのではなく、実際の観光地にも一緒に足を運び、見どころをご案内するのが仕事でしたので、私は中学生4人と一緒にいろいろな場所を巡らせていただきました。時には伏見稲荷の階段がきついあまり、中腹のところで引き返せないかとありとあらゆる手を使い説得を試みるも、学生たちは「頂上へ行きたい!」というため、泣く泣く頂上まで……。ほんとにその日はヘトヘトになるまでその学生達と一緒に過ごしました。タクシーの中では私の下の名前の一文字をとり「かぁちゃん、かぁちゃん」と呼んでくれる学生たち。疲れながらもその慕ってくれる温かさに居心地の良さを感じ、良い思い出のご案内となりました。

出会いはたったその一日だったのですが、後日送られてきたのが先ほどの手紙。
見た瞬間、涙が出るほどうれしかったですね。今でも手紙は家に大事にとってあります。あれから5年が経とうとしている今、大人なってもう一度来てくれるかな?なんてほんの少し期待をしながら、今日も仕事を楽しんでいます。

アオイ自動車の良さ

「とにかく人がやさしい!」このことに尽きると思います。私は社長とも普段通りのフランクな言葉づかいで接していますが、一度も「むっ」とされたことはありません。営業の方もドライバーの仲間も、困ったことがあればお互いが助け合い、相談もしやすいため、仕事で困ったことは一度もありませんね。
また「人の良さ」はお客様も同じ。京都市内ではご贔屓にしてくださるお客様も多いため、時には、住所も何も言わずに「家まで」とおっしゃる常連さんもおられます。正直初めて「家まで」と言われたときは少し焦りましたね。
「すいません。私初めてなものですから、ご自宅をお教えいただいてもよろしいですか?」と聞くと、「なんや、初めてか?ごめんごめん」と優しくご自宅を教えていただき、楽しく会話をしながらお送りすることが出来ました。

働く仲間が良いだけでなく、お乗りになる地域のお客様も本当に良い方が多いため、安心して仕事が出来ています。
71歳を迎えた今でもなお、毎日を楽しく仕事をできていることは本当に幸せなことだな。と実感しています。
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